2023/09/10「“落ち穂拾い”によって生きる」ルツ記 4:7~12 牧師 古屋 治雄 

◇夫を亡くし、二人の息子を亡くしたナオミが、イスラエル人ではなくモアブ出身の嫁ルツと共にベツレヘムに帰還して、落ち穂拾いというルツの積極的な行動によってどうにかその生活が支えられている。彼女らの生活が、ナオミの亡き夫、エリメレクの親戚筋に当たるボアズによって新たな展開を迎えることになる。事情を知ったボアズは彼女らを様々な形で厚遇する。 

◇そしてナオミはボアズに祝福の言葉を送り、神様が自分たちをお見捨てになっていないことを語り、さらに「その人は私たちの近親の者で、私たちの家を絶やさないようにする責任のある者の一人です。(2:20)」と続ける。ナオミの思いは、生活のことから、亡き夫、エリメレクの家の再興へと移っている。「家」という考え方は、歴史的にしばしば個人の生き方を縛ってきた。しかしここで注意すべきなのは、エリメレク家の歴史はそれだけで意味があるのではなく、イスラエルの、つまり神様の救いの歴史の中に固有の位置を与えられてこそ、意味がある、ということである。 

◇またイスラエルの人々は、土地を所有しているとは考えていない。神様から嗣業として託されているのである。自分たちが子孫へと渡していくべき土地を、公に認められた形でボアズが買い戻してくれることを、ナオミは期待している。そこでルツをボアズに接近させる。ボアズは不思議なことに、ナオミとルツの言動を理解して、正式に土地を買い戻し、ルツとの結婚へと道を開くのである。これらのことは、イスラエル社会の皆が承認する形で進められる。財産を受け継ぐ男子が与えられ、この家族の歴史は神様の救いの歴史になるのである。  

◇私たちは、阿佐ヶ谷教会に結ばれている。その結びつきは太い細い、いろいろであろう。しかし神様の救いの歴史の中に私が結ばれることによって、私の家族も救いの歴史の中に位置づけられ、切り離されないのである。そのことを私たちは信じることができる。