2023/08/06「家族の平和が崩れても」ルツ記1:1~10 牧師 古屋 治雄

◇今日8月6日は、78年前に広島に、その3日後の9日には長崎に原爆が投下されたことを思い出す日である。国と国の戦争は、その時の世界情勢のうねりの中で勃発し、兵士が動員される。その兵士たち一人ひとりに家族がある。家庭がある。しかしその家族の歴史も、否応なしに戦争の歴史へと組み込まれていくのである。

◇ルツ記は、士師記とサムエル記というイスラエルの国の歴史にはさまれていて、聖書全体の文脈から外れているように見える。しかし、神様の救いが、国や民族に働くだけでなく、一つの家族にも働くことを伝えている点で重要な書である。

◇ナオミの家族、つまり夫エリメレクと二人の息子たちは、戦争によってではないが、ユダの地に発生した飢饉によって、その生活が大きく変えられてしまった。飢饉から逃れるためにモアブの地に移ったこの家族を不幸が襲う。家族の中心であったエリメレクを失ったのである。やがて息子たちはモアブの女性と結婚する。十年の歳月が経過し、ナオミと二人の息子たちに異国の地で生きていく展望がみえてきた頃、更に悲劇が襲う。二人の息子にも先立たれたのである。ナオミの絶望はいかばかりであったろうか。やがて元々住んでいたベツレヘム一帯に再び作物が獲れるようになったことを聞き、ナオミは元の地に帰る決心をする。どう生きていいのかわからない、神をどう見上げていいのかわからない。ナオミは暗闇に捨てられたように思った。

◇しかし神様はナオミをお見捨てにならない。それはルツの存在である。私たちは、家族の歴史の中で、神様にしっかりと結ばれているとは思えないような経験を強いられることもある。しかし、ルツが備えられているこのことに類する経験、私たちが思ってもいなかった可能性と新しい歩みを神様は用意してくださるのだ。そしてそこから神様の救いと平和の中に生きる私たちの歩みが開かれていく。そのことを共に信じ、望みをもって歩んでまいりたい。