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1997年 4月-6月へ  メッセージへ ホームページへ

1997年 1月-3月

◆3.30「夜明けの岸に立つ主」ヨハネ福音書21:1-14,コリントI15:1-11
◆3.23 「死による完成」ゼカリヤ書9:9-11,ヨハネ福音書19:16b-30
◆3.16 「神の聖さに入る」レビ14:33-47,ペトロI 1:13-19
◆3.09 「この人を見よ」ヨハネ福音書18:38-19
◆3.02 「試練の嵐」ヨハネ福音書18:12-27,テモテII2:8-13

◆2.23 「イエスとユダ」∃ハネ福音書18:1-11a,ホセヤ書 11:1-4,8-9
◆2.16 「光のあるうちに」∃ハネ福音書12:27-36a,テサロニケI 5:1-11
◆2.09 「変えることのできないもの」ダニエル書6:1-25
◆2.02 「神は呼ばれる」エレミヤ書1:1-10,マルコ福昔書1:16-20

◆1.26 「時か満ちる」イザヤ書63:15-19,マルコ福音書1:9-15
◆1.19 「愛の碇」詩編139:7-18,ルカ15:11-32
◆1.12 「あなたはわたしの内臓を造り」詩編139:7-18,ルカ15:11-32
◆1.05 「福音の初め」申命記11:8-12,マルコ福音書1:1-8

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◆1997.3.30 
「夜明けの岸に立つ主」ヨハネ福音書21:1-14,コリントI15:1-11
                 大宮溥

 ◇ロシアの教会では復活祭の朝、人々は「キリストはよみがえられました」と挨拶し、それに対して「まことに主はよみがえられました」と答える。この喜ぴの挨拶をわれわれも交わそう。

 ◇マタイ福音書では、最初の復活節の朝「大きな地震が起った」(28:2)と記されている。キリストの復活は大地震のように、世界とわれわれを揺り動かすのである。

 ◇ヨハネ福音書21章は、テイベリアス湖畔での復活の主の出現を記している。テイベリアス湖とはガリラヤ湖である。ここはかつてシモン・ペトロたちが漁師として働いていたところである。彼らは主イエスに招かれて伝道者になったが、主の死によって夢破れ、昔の生活にもどろうとした。「しかし、その夜は何もとれなかった」(3節)。一度キリストを知った者は、主から離れては、昔の仕事にはもどれても、昔の自分にはもどれなかったのである。現代人は「持つ文化」の中で慾望充足に走ったが、自分自身の存在の意味を求める「存る文化」を求めている。ペトロ同様、生きる空しさからの解放を求めている。

 ◇ところが「夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた」(4節)。ペトロたちの撤夜の苦しい労働を、人々は全く知らずに眠っていた。しかし、ここに実は夜どおし岸辺に立って、彼らを見守っているまなざしがあったのである。この主に出会うことによって、彼らは自分たちの暗い孤独と失意の夜に、朝日が登るような喜ぴを経験したのである。

 ◇この主イエスに招かれて、弟子たちが陸に上がってみると「炭火がおこしてあった。その上に魚がのせてあり、パンもあった」(9節)。この「炭火jは、かつて主イエスが捕えられて裁判されている時、大祭司の官邸にしのぴ込んだペトロが、人々と暖を取るために囲んだ「炭火」(19:18)を思い起させる。それは主を知らずと否んだペトロの裏切りを思い起させるものであった。しかし主はそれを赦すことを示すため、身を暖め、空腹を満たすようにすすめて下さる。このように復活節は、神の命が死より強く、神の愛が人間の罪や憎しみより強いことを、事実として示している。

 ◇主イエスの復活により、キリストの命と愛に生かされる人々の群(教会)が生まれる。ペトロが引いた網には153匹の魚が入っていた。これは魚類の総数と考えられ全世界の人間がキリストの救いの内に入れられている姿である。「それほど多くとれたのに、網は破れていなかった」(11節)。主の愛は分裂を包み、共に生きる道を作る。

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◆1997.3.23 
「死による完成」ゼカリヤ書9:9-11,ヨハネ福音書19:16b-30
                 大宮溥

 ◇主イエスはその生涯の最後の日曜日にろぱの子に乗ってエルサレムに入城された。それは「見よ、あなたの王が来る。高ぷることなく、ろばに乗って来る」(ゼカリヤ9:9)という予言の成就であった。人々は棕櫚(新共同訳では「なつめやし」)の枝を振って主を迎えた(棕櫚主日の起原)。しかし、それから一週間も経たない金曜日に、主は十字架につけられて死なれた。ここに人間の罪の姿と主の犠牲愛が示されている。

 ◇福音書はいずれも主の受難に多くのぺージを割いているか、それぞれ違った描き方をしている。今日のテキストでも、「イエスは自ら十字架を背負い一一ゴルゴタという所へ向かわれた」(17節)と記されている。他の福音書では主はゴルゴタヘの途中で倒れ、クレネのシモンが代って十字架を背負っている。ヨハネ福音書は、主は御白分の決意で十字架の道を歩まれたことを強調しているのである。また他の福音書では、人々が十字架の主イエスに様々なあさ・けりの言葉を投げつけているが、ヨハネ福音書ではそれが全く記されていない。主イエスの耳には、人々のあざけりもののしりも全く聞こえていないのである。ただ父なる神の御心だけが聞こえていたのである。

 ◇主イエスの十字架上には罪状書きとして「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と記されていた(19節)。しかもヘブライ語、ラテン語、ギリシャ語という、当時の国際語で書かれていたのである(20節)。これはまさしく、主イエスが全人類の救主であることを公示されているのである。

 ◇兵士たちが主イエスから剥ぎ取った「縫い目のない衣服」(23節)は、大祭司の衣であるという説がある。主イエスは王であり、祭司であるとも解される。しかし主イエスによって、全人類が一つの恵みの共同体に入れられていることが示されていると思われる。

 ◇主イエスは最後に「成し遂げられた」(ギリシャ語で「テテレスタイ」)(30節)と言われ、頭を垂れて息を引き取られた。この言葉は「終った」という意味と「完成された」という意味がある。主イエスの十字架の死は、その地上生涯の終りであるのみならず、神の救いのわさ・の完成であった。主イエスは十字架上で「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫んだとの言い伝えもある(マルコュ5:34)。しかし、それは主の働きの挫折ではなく、主の働きの完成であった。死ぬべき人間と連帯しつつ、生命の遣を切り開く働きの完成であった。

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◆1997.3.16 
「神の聖さに入る」レビ14:33-47,ペトロI 1:13-19
                 SCF主事 北川一明先生

 

 ◇ペトロの手紙は、「あなたがたは聖なる者となれ(l5-16節)」と命じています。主イエス・キリストの御言葉にも、「天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい(マタイ5:48)」とあります。神が私たちに望んでおられることは、聖なる者となることです。

 ◇ところが、「聖なる者」であるには、やさしく、親切で、欲望かなく、悪いことをしない……等々では不十分です。

 ◇私たちが「聖なるもの」と出会った時には、自分の生命の危機を感じるほどの畏怖の念が起きるものです。「聖なるもの」とは、人間存在を超越した存在で、神は私たちにそこまで望んでおられるのです。

 ◇人が聖なるものとなることなどできようはずがありません。所詮無理なことが要求されているのは、人が神の似像として創造された尊い存在だからです。ですから感謝すべきことなのかもしれません。私たちが、仮に「けがれたままで勝手に生きなさい」と神に命じられているとしたら、やはり救われたとはいえないでしょう。

 ◇私たちは、神の命令を「もしも……“すれば、聖くなれる」と読んでしまうことがあります。これは、律法主義者と同じ聖書の読み方です。しかし神の命令は、「もしできたら一」、「もしもできなかったら一」ということではありません。

 ◇私たちはわが身を死に引き渡そうとも、決して神にふさわしい程の「聖なる者」にはなれない罪人です(マルコ10:27など)。その罪をキリストの十字架が贖ってくださった、というのが私たちの信仰です(日本基督教団信仰告白)。

 ◇私たちは、少しでも汚れていては神にふさわしくありません。カナン定着後の家であっても、自分の生涯の業績であっても、もし一点の曇りでもあれば、打ち壊して捨てなければなりません(レビ14:45)。それはど私たちは聖い存在であるのです。

 ◇しかし実際には「酒を控える(13節、身を慎むの原意)」こと、ただそれだけで聖なる者に向かっているといえるかもしれません。「無知であったころの欲望(14節)」にではなく、過去の「虚しい生活から贖われた(l8節)」者として主にあって新しい「家を建てる(キリスト教的建徳の意、コリ8:1など)」方向を向いていれば、神の聖に近づく一歩は始まっているのです。

 ◇神の聖に入れられていることに感謝します。隣人が私たちを見ることで、私たちを変える神の聖に対して畏怖を感じるような証しの生活を送りたいと願います。

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◆1997.3.9 
「この人を見よ」ヨハネ福音書18:38-19
                 大宮溥

 

 ◇バッハの『ヨハネ受難曲』は、「主よ、私たちを治め給う者よ、あなたの誉れは全地にあまねく輝く」という大合唱で始まる。作曲者かヨハネ福音書に心をゆすぷられ、人々に「この人を見よ」と、主への注目をうながしているのである。

 ◇ヨハネの受難物語の中でも、ピラトの裁判の部分は最も劇的なところである。エルサレムの総督官邸の前では、大祭司たちとその下役たちが押しかけてきて、主イエスをローマの官憲に引き渡し、十字架につけるように裁判を要求している。それに対して官邸内では主イエスが留置されて、総督の判決を待っている。この騒々しい外と静かな内を、ピラトが出たり入ったりしながら裁判か進行するのである。

 ◇外側のユダヤ人たちは、一致結束して主イエスの死を要求している。主は「自分の民のところへ来たが民は受け入れなかった」(1:11)のである。彼らは主を拒否しただけでなく、彼を死に追いやるために、主がローマに反逆して王と称していると言いつのり、最後には「わたしたちには皇帝のほかに王はありません」(15節)とまで言う。そして、神の民が神以外のものに従属すると言って、神の民の実質を自分で取り消してしまったのである。

 ◇ピラトは主イエスに「お前がユダヤ人の王なのか」(18:33)と間い、「わたしの国はこの世に属していない」(36節)との答えを得て、主が政治的反逆者でないことを知っていながら、もしイエスを釈放すれぱ皇帝に盾つく者になると脅されると、身の危険を感じて、ユダヤ人の要求を呑んでしまった。

 ◇主イエスは権力者たちの犠牲になったのであるが、しかしヨハネ福音書では、それにもかかわらず、主が王であったことを力強く描き出している。ここで主イエスは2度総督宮邸の表にあらわれている。最初は、主が王の服装で出て来、ぞれをピラトが「見よ、この男だ」と指されている(5節)。「この人を見よ/」Ecce Hom oぱ主イエスを救いの君として指し示している言葉である。

 ◇2度目は最終判決のところで、ここではピラトカ注を「裁判の席に着かせた」(13節)。ここで主イエスは被告として裁判の席にありつつ、実は審判者であることが示されている。そしてピラトは「見よ、あなたたちの王た」と紹介している(14節)。主イエスは、人間の敵意や権力によって十字架についたが、それを受身でなく、むしろそれを機会として、全人類の救いのためは御自分を犠牲とされたのである。

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◆1997.3.2 
「試練の嵐」ヨハネ福音書18:12-27,テモテII2:8-13
                 大宮溥

 ◇主イエスの生涯は試練の連続であったが、特にその最後の時には、主もその弟子も試練の嵐に見舞われた。シモン・ペトロは、その中で主イエスを助けようとして、大祭司の手下に打ってかかってその右の耳を切り落した。さらに人々が主イエスを捕えて大祭司の屋敷につれて行った時も、身の危険をかえり見ず、「イエスに従った」(15節)。この「従う」という言葉は、彼が最初に主に呼ぱれた時の姿である。あの日以来彼は主に従い続けたのである。

 ◇ところがそこで門番の女中が「あなたも、あの人の弟子の一人ではありませんか」(l7節)と問うた時、彼は言い様のない恐れを覚えて「違う」と否認した。原語では女の問いが,「いいえ」という答を予想したものになっている。彼女のさし出した隠れ蓑に身をかくしたのである。この一言によって彼は、最後の土壇場で崩れてしまい、裏切りの坂道を転げ落ちてしまった。「違う」と訳された「ウーク・エイミ」は主イエスの「わたしである」(エゴー.エイミ)と反対の、自己否認の言葉である。主イエスを裏切ることによって、彼は本当の自分をも否定したのである。

 ◇ペトロか3度主を知らないと言った時「すぐ鵜が鳴いた」(27節)。これは、ぺトロの裏切りを予言した主イエスの言葉を確証するものであった(13:38)。ここに人間の不真実の姿が突さつけられている。

 ◇これと対照的なのが、大祭司たちの前における、主イエスの毅然たる姿である。ユダヤの指導者たちは(ヨハネ福音書では)、人々の動揺を恐れて、密かに主に有罪判決を下そうとしたようである。しかし主はこれまで「公然と」語り、行動してきたと答えている。主は「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなけれぱ、だれも父のもとに行くことができない」(14:6)と、神の子であることを、恐れず宣言された。これが冒涜とみなされ身の破滅をもたらす結果となっても、むしろそれによって人問の救いの道が開かれると信じて、最後まで与えられた道を歩み通されたのである。

 ◇ここに「わたしたちか誠実でなくても、キリストは常に真実であられる」(テモテ12:13)ことか明らかにされている。しかも、この主の真実は人間の不真実を浮かぴ上らせると共に、それを覆っている。他の福音書では、鶏が鳴いた時、「主は振り向いてペトロを見つめられた。ペトロは,…外に出て、激しく泣いた」(ルカ22:61一62)。これは、主はペトロのために死ぬ愛をもって示された赦しのまなざしである。

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◆1997.2.23 
「イエスとユダ」ホセア書11:1-4、8-9ヨハネ福音書18:l一11
                 大宮溥

 ◇受難節にあたり、われわれは自分の罪を自覚し、悔改めと共に主イエスの果された贖罪の働きを仰いでいる。人間の罪の歴史の中で特に深刻なのは、主イエスを裏切ったユダの罪である。彼は12弟子の一人であった。主イエスの最も近くにいて、その愛を注がれた者であった。そのユダが何故恩を仇で返すような裏切りを行ったのか。

 ◇ヨハネ福音書は、ユダが主イエスー行の金入れを預かっていながら、その中身をごまかしていたと記している。ある人は「イスカリオテ」は「ケリオテの人という意味で、12弟子の他の人々がガリラヤ出身であったのに対し、びとり南ユダ出身で、疎外感をもっていたのではないかと言う。またある人は「イスカリオテ」は「シカリウス(剣)派jのことで、武力でユダヤを独立さぜようとする熱心党だったので、主イエスも同じ立場と思って従ったのに、実際は非暴力の人であったので、自分が誤解したのに、その腹いせに裏切ったのではないかと言う。

 ◇いずれにせよ、直弟子の中から裏切り者か出たことは、人聞の弱さと、悪魔的な力に対する無抵抗な姿が、容赦なくさらけ出されている。

 ◇ユダに先導されてやって来た捕物陣に対して、主イエスは「進み出て『だれを探しているのか』と言われた」(4節)。主は逃げず、むしろ自分から進んで十字架の道を歩み出されたのである。そして人々の「ナザレのイエスを」との言葉に「わたしである」(エゴー・エイミ)と答えられた。これは神の子としての権威ある語りかけである。それ故人々はその言葉によって「後すさりして、地に倒れた」(6節)。主イエスは暴徒に屈服したのではなく、不正と憎しみの力に、真実と愛をもって対決されたのである。

 ◇さらに主イエスは「わたしを捜しているのなら、この人々は去らせなさい」(8節)と、弟子たちを身をもってかばわれた。これは、事実と違う表現かも知れないが、主イエスの死によって、われわれの罪が赦され、命への道が開かれたという意味で、深い意味をもっている。

 ◇「あなたが与えてくださった人を、わたしは一人も失いませんでした」(9節)という中にユダは入るのであろうか。ユダの滅ぴの姿(マタイ27:3、使徒言行録1::6)は、われわれに罪の深刻さを自覚するよう警告するが、同じ裏切りの罪を犯したペトロたちが、悔改めることによって赦された姿に、われわれもまた改めて、悔い改めて主に帰ることをうながされる。

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◆1997.2.16 
「光のあるうちに」∃ハネ福音書12:27-36a,テサロニケI 5:1-11
                 大宮溥

 ◇先週水曜日は「灰の水曜日」Ash Wednesayであり、この日から受難節Lentに入った。この期間は主日ごとにヨハネ福音書を通して、主イエスの十字架への道行きを学びたい。

 ◇ヨハネ福音書では、主イエスが最後のエルサレム入城をされた後、何人かのギリシア人が主のもとに訪ねてきたと記している。これは主イエスの身の危険を憂いて亡命をうながす為であった様に思われる。ところか主はそこで「一粒の麦」(24節)のたとえを語り、人々の救いの為に犠牲となる決意を披歴されたのである。

 ◇しかしこの決断は、何の迷いもなく簡単にできたものではなかった。主は「今わたしは心騷ぐ」(27節)と動揺を示している。ここには他の福音書がゲッセマネの祈りとして記しているものである。しかし主はそれを乗り越えて、十字架への道を決断された。「しかし、わたしはまさにこの時のために来たのだ」。この主の決断は、それによって人類の歴史が立つか崩れるか決まる、重大な意味をもっていた。この時をはずしたなら、神と人との架け橋を築くことは永遠にできなかったのである。主はこの千載一遇のチャンスを逃さず、救いの道を築かれ、神の栄光が現れたのである。

 ◇「わたしは地上から上げられるとき、すべての人を自分のもとへ引き寄せよう」(32節)。ヨハネ福音書は、主が十字架に上げられるのと、天に上げられるのとを同時に考え、死と復活を通じて、神と人との交わりを完成する働きを考えているのである。

 ◇目分の時を正しく受け取められたキリストは、人々に向って「光の子となるために、光のあるうちに、光を信じなさい」(36節〉と、今の時をかけがえのない救いのチャンスとして受けとめる様うながされた。われわれは一期一会の機会として主の前に立ち、主を信じ、主に従わなければならない。「びとは唯一度しか生きない。もし汝の死際において、汝の生涯がよく、即ち永遠に向かって費されていたなら、永遠に感謝せよ。もしそうでないならば、もう永遠にどうも仕様がない。ひとは唯一度しか生きない」(キルケゴール)。

 ◇主イエスは、御自分に与えられた唯一度の機会を、十字架への決断と断行の時として生きられたので、歴史はあの十字架の出来事によって、永遠とつながるものとなった。われわれは、この十字架の主と出会う時に、「今、ここで、私が」救いの唯一のチャンスを与えられているとの思いで、主を迎え、主と共に歩み出すべきである。

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◆1997.2.9 
「変えることのできないもの」ダニエル書6:1-25
                 清水教会牧師 大村栄先生

 ◇獅子の洞窟に投げ込まれたダニエルの話は、教会学校の紙芝居にもなる有名な話です。ダニエルは捕囚民の一人で、夢を解く特別な腸物ゆえに、代々のペルシャ王に重用されました。しかしこれを妬む者たちかおり、彼らとの争いが6章のテーマとなっています。物語では人々はダニエルを陥れる目的で、向こう30日間王以外のものに願いをする者は、だれであれ獅子の洞窟に投げ込まれるという禁令発布を王に進言します。王はこれを受け入れ法は施行されました。しかしこの人間の知恵を尽くした陰謀も、ダニエルの信仰を揺るがすことはできませんでした。彼は禁令が公布された後も、変らず神を讃美し続けました。それによってその身を危険にさらそうとも、神と交わる祈りは彼にとって欠くことのできないもの、生きる力の源泉であったのです。

 ◇祈りの力について、阿佐ケ谷教会の記念祈祷会を忘れることはできません。教会存続の危機に直面したとき、5名の者が祈りの中で力を得て難局を乗り切りました。阿佐ケ谷教会も祈りと礼拝の上に建てられたのです。この信仰の命の源泉を絶やすことなく、次の世代に継承していきたいものです。これはダニエル同様、わたしたちにとっても全てに優って変更の不司能な神様の法です。

 ◇ダレイオスは自分で発令した法によって、ダニエルを苦境に陥れたことに苦しみます。一度署名された法は、王にとっても変更不司能なのです。その姿は、総督という社会的地位を守るために主イエスの十字架を容認した、ボンテオ・ピラトに通じるものがあります。ピラトにとってはユダヤの群衆の機嫌を損ねないことカ‡変更不可能な事柄となりました。2人に共通するのは人問の法を変更不司能と錯覚したことです。同じ間違いは教会の中にも起こります。教会はキリストのからだであるとともに、弱き人間の集まりです。一度決めたことが足伽となって、自由を拘束するのです。ダニエルを閉じ込めた洞窟、また主イエスの入られた墓穴は、人間の変更不司能を象徴しています。

 ◇しかし主イエスは、死のなかに止まってはおられません。死の闇を打ち破って、復活の光を照らして下さいます。ダニエルもまた洞穴から救い出されました。それは人間のいかなる法も、神様の法の前では変更可能であることを暗示します。この世界で唯一つの変更不可能なことは、私たちを慈愛をもって恵み、養う神の御心だけです。

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◆1997.2.2 
「神は呼ばれる」エレミヤ書1:1-10,マルコ福昔書1:16-20
                 大宮溥

 ◇主イエスは、その公生涯を、個性的な一人の教師としてでなく、弟子たちを招いて、共に生き、共に伝道する、共同体制で始められた。これは主の関心が「神の国」に生きることであったのと関係している。「神の国」は、領域的な意味よりも「神の支配」という働きの姿でとらえられている。だから「神の国は近づいた」(15節)とは神が近づいてきて、その足音が聞えていることを言い去わしている。この神の国を共に迎えるために、主イエスは弟子たちを招いて、共に宣教を担おうとされたのである。

 ◇主イエスが最初に声をかけて招かれたのは漁師たちであった。彼らは仕事に没頭しているところを、主イエスに割り込まれて、新しい出発をうなかされた。主はわれわれの現在の働きにストッブをかけ、転換を命じられることがある。しかしそれと同時に、シモン・ペトロたちが、主に呼ばれると「すぐに」従ったのは、彼らはここに自分が生涯かけて果すべき真の働きを見出したからである。われわれは、神がわれわれに与えて下さる使命の道を見出し、それに取り組むことによって、生き甲斐ある人生を送ることができるのである。

 ◇ペトロたちに対して、主イエスは「わたしについて来なさい」と招かれた。これは「わたしのあとに来なさい」という意味である。自分か先頭に立つのでなく、主の進まれる後から従うのである。信仰生活は、自信に満ちて進んでいる間に、いつしか神から離れている時に、それを止められて主の前から後へまわされることをも経験する。「大きなことを成し遂げるために/力を与えてはしいと神に求めたのに/謙遜を学ぷようにと/弱さを授かった。…一求めたものは何一つとして与えられなかったが/願いはすべて聞きとどけられた/神の意に添わぬものであったにもかかわらず/心の中の言い表せない祈りは/すべて叶えられた」。

 ◇しかし「主の後に」ということは「主が先立たれる」ことである。それ故、前途に不安を感じる時にも、主に信頼して、勇気ある出発が可能になる。預言者エレミヤが召された時、彼は未経験の若者である故に、それを受けることを拒絶しようとした。しかし主は「わたしがあなたと共にいる」から恐れずに立てと励まされたのである。「我思う故に我在り」(デカルト)ではなく「我知られたり、故に我在り」(ルドルフ)である。神はわれわれを、伝道者として召されることもあれば、他の使命に召されることもある。しかし、主の召しを受けとめ、それに従うところに、納得のゆく人生がある。

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◆1997.1.26 
「時か満ちる」イザヤ書63:15-19,マルコ福音書1:9-15
                 大宮溥

 ◇主イエスは、洗礼者ヨハネがヨルダン川沿いの荒れ野に人々を呼び出し、悔い改めて神の国を待ち望むようすすめた時、それに答えて、ヨルダン川で洗礼を受けた。神が始められる新しい時代の担い手になろうと決断されたのである。その時主イエスが水の中から上がられるとすぐ「天か裂けた」(10節)。ちょうど地上を雲が覆って太陽の光と熱を遮断していたのが、急に雲が裂けて明るい陽の光が射し込んだ様な経験であった。「天jは複数形で、古代人は天が何重にもなっており、その一番高い層に神の御座があると考えていた。そのような厚い天と地の隔たりが裂け破れて、神と人間とが親しく触れ合えるようになったのである。

 ◇旧約の預言者(第三イザヤ)は、神に「どうか、天を裂いて降ってください」(63:19)と祈った。彼の時代は捕囚民の祖国再建の希望が、帰国後の様々な試練と挫折によって、重苦しい行きづまりに直面していた時であった。今日のわれわれのような閉塞の時代であった。彼は神に「あなたのたぎる思いと燐れみ」が感じられないとなげいている(l5節)。これは原語では「内臓の動きと子宮」である。神の腹のうちがつかめず、神か自分を覆ってくれていると感じられなくなったと訴えているのである。だからその隔たりの壁をつき破って下さいと嘆願している。主イエスがこの世に来られることによって、まさしく「天が裂けた」のである。

 ◇「”霊”が鳩のように降る」(10節)は神と主イエスが直結し、主イエスと神が一体であることを示している。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」(11節)との天からの声は、詩編2:7とイザヤ書42:1の言葉が結ぴ合わされたもので、神の選び立てた王の姿と人々のために苦しむ「主の僕」の姿が重ね合わされている。主イエスは、神の子であり、しかも人の救いのために十字架の犠牲の道を歩む僕として、使命の道を歩み出されたのである。

 ◇主はその後誘惑と試練によって訓練され(12-13節)、郷里ガラリヤに帰って「時は満ちた」(l4節)と、宣教に乗り出された。神の準備の時が終り、決定的瞬間が来たのである。救いの歴史のクライマックスの時を迎えたのである。神は天の彼方に潜んでおられるのでなく、天を裂いて地上に降られた。われわれと共に生きる人問として、われわれと切っても切れない関係に入って下さった。「わたしの内臓にひびく神」(小山晃佑)となられたのである。われわれも神と隣人との壁を裂いて生きよう。

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◆1997.1.19 
「愛の碇」コりントI12:31b一13:13
                 大宮謙

 ◇神学校に入る前、社会事業に、身を捧げたいと思っていた私は、失恋によって、一番身近な人にも、満足に接し得ない自分に気付かされ、神様からの答えを求めて、聖書を読み始めました。ところが、聖書を読むにつれ、自分の中の、自覚していなかった罪、汚れに満ちた姿が、細かい所までいちいち顕わになり、神に殺される恐怖感に襲われました。しかし、その年のクリスマスに、私の罪の為に死んでくださった主イエスが、強く迫って来て、十字架の恵みを骨身に染みて、深く知らされました。

 ◇1節から3節に出て来る異言や預言、神秘や知識は、神の恵みの賜物です。こうした恵みに満ちていたコリント教会に対し、パウロは、敢えて、極端なことを申します。最高の恵みを受けていても、愛が無けれぱ最低だ、と言うのです。ここで、パウロは一貫して、「わたし」という言い方にこだわります。この部分が、涙なからのパウロの罪の告白だからです。パウロは、正義感に駆られ、ユダヤ教徒としての完全な信仰に自信を持って、キリスト教徒を弾圧しました。主イエスが神であることが、パウロには受け入れ難かったからです。しかし、復活の主イエスと出会った時、正義を笠に着て、信仰を誇り、愛を無くしていた自分、知らないうちに神を敵に回していた自分を、パウロは知らされたのです。そして、自分と同じ間違いを犯さない様にと、コリント教会の人々に訴えるのです。さらにパウロは、4節から7節で、罪深い自分にも、本当に情け深く手を差し伸ベ、生かしてくださる神の愛の素晴らしさを語っています。

 ◇私達が、神様の前に立たされる時、私達は、自分の罪を目覚せざるを得ません。人間を船にたとえれば、私達の罪は、船を止めて置くための碇です。この罪の碇は、神様と出会う時に、重さが自覚されます。あまりの重さに、自分で進むことも出来ません。しかし、神様が,私達の罪の碇を受け止めてくださる時、この碇は、愛の碇となるのです。神の愛と私達を結ぴ合わせる、確かな絆となるのです。碇を神に下ろしましょう。そして、神の愛に止まろうではありませんか。私達の碇には、縄が付いています。この縄の長さ以上に突き進もうとすれば、碇は神から離れてしまうのです。信仰があれは、何でも出来ると言って、突っ走る時、私達は、神の愛から離れ、愛を無くすのです。待っているのは、罪の碇を抱えて歩む人生です。愛の碇は、終わりの日まで、私達を神と結ぴ続けます。神は、いつでも、私達が碇を投げ下ろすのを、待っておられるのです。

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◆1997.1.12 
「あなたはわたしの内臓を造り」詩編139:7-18,ルカ15:11-32
                 小山晃佑先生

 

 ◇阿佐ケ谷教会のみな様の前に立つと、50年前に神学生として通っていた頃のことを思い出し、大村勇先生の声が聞こえてくるようで、私の深いところにある内臓に喜ぴを感じます。みな様の祈りが、私と私の家族を支えてくださったことを覚え感謝しています。

 ◇詩編139編には「あなたはわたしの内臓を造り」とあります。神が造って下さった私の内臓は67年問忠実に働いてくれました。よく考えてみると深い響きがあります。神が造って下さったところに響くのです。一日元気で安心して生きていける、感謝をささげられる響きがあるのです。「あなたはわたしの内臓を造り」とは、おまじないでも占いの言葉でもありません。信仰告白の言葉であり、自分を神にあけわたす讃美の歌なのです。

 ◇「放蕩息子の譬」(ルカ15:11-32)は、神か痛み愛する姿を伝えています。愛するゆえの痛み、ここにキリスト教信仰の奥義があります。この譬の中で心痛めたのは父であり、息子の帰りを最も喜こんだのも父です。神が造って下さった「内臓」は愛するゆえの痛みと喜こびと関係しています。自分の深いところにあるもの一一内臓によって神と出会うとも言えます。

 ◇20世紀の科学は人間がどこにでも行くことを可能にしました。さらに聖書は、どこに行っても神がおられることを伝えます。「あなたはそこにもいまし」(詩139:10)は、信仰の姿と表わし、神と出会った人問のアイデンティティーの確立を示しています。世界には約50億の人々と約七千の言語があり、愛、憎、和、争とごったまぜの世界です。しかしここに神が共におられる。どこに行ってもわたしの内臓を造られた神はわたしの中におられる。これが福音なのです。

 ◇「放蕩息子の譬」において、息子の帰還は父と息子の救いであります。死んでいた息子が生き返った喜こび一救いの喜こびがあります。「食べて祝う」(ルカ15:23)は人間の幸福な姿を表現しています。この喜こびは、譬えを聞く私たちの喜こぴとなります。

 ◇どこに行っても神が共におられる。どこに行っても救いの喜こぴがある。この喜こびの響きが教会の土台なのです。「あなたはわたしの内臓を造り」。神はご目身の最も深いところを示され、わたしたちを救い「食べて祝う」場を用意して下さるのです。ここに交わり一一礼拝の土台があるのです。

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◆1997.1.5 
「福音の初め」申命記11:8-12,マルコ福音書1:1-8
                 大宮溥

 ◇新年からマルコ福音書を学ぶことにする。マルコはイエス・キリストの生涯を「福音」として伝えている。キリスト教は知的な教えというより、神の働き、救いの出来事を「よろこびの知らせ」として伝えるものであり、石を投じて生じた波紋がひろがるように、人々に伝えられ、彼らを変えるのである。

 ◇「福音の初め」は、(1)ヨハネによる道備え(2)主イエスの洗礼(3)主の誘惑(4)宣教の開始(l-15節)を含んでいる。これは洗礼者ヨハネの道備えから始っている。ここには「荒野で叫ぷ声」としてのヨハネが登場する。荒野、砂摸は、人間が住むことのできない裸の大地である。昔イスラエルは40年の荒野の旅で、飢え渇き、マンナによって養われた。それは人間の限界を示すと共に、神の恵みによってのみ生きることができることを教えている。

 ◇ヨハネは「荒野に現れて、罪の故しを得させるために悔改めの洗礼を宣べ伝えた」(4節)。人々の虚飾をはぎ取り、素裸にして神の前に立たせるものであった。ユダヤ教では洗礼は元来異教徒が回心した時の受入れの儀礼であった。それをヨハネはユダヤ人に要求したのである。神の民と自負する者こそ、自分の罪を知らなければならないのである。

 ◇ヨハネは生活の形を変えることに終らず、そのような生活を生み出している人間そのものの変革であった。「悔い改め」とは心の向きを変えることである。神なき生活から神への方向転換である。「神に出会う準備」(アモス4:12)である。

 ◇ヨハネは審判者なる神が迫っておられることを告げた。それは審判の火で罪人を焼きつくすお方であった。しかし実際にヨハネの後に来られたイエス・キリストは、この世を審くにあたって、その審判を自分が引き受けられて十字架の死をとげられた。審き主としてよりも、救い主、恵みの主として来られたのである。そのことによってわれわれは「荒れ野に水が湧きいで、荒れ地に川が流れ」「砂摸よ、喜び、花を咲かせる」(イザヤ35:1,6)の経験をする。更生の恵みを与えられるのである。

 ◇このことによってわれわれは、本当に悔改めるものとなる。主の恵みを知らされて、主に帰り、出直すのである。今日の都市生活はバベルの塔を築いているようなものである。文明の誇りとおごりによって、人間同士の言葉が通じず、心の通わない砂摸となっている。浪費と不誠実の生活をひき裂かれて、荒野に帰り、神の恵みを受け取りなおして、再出発しなければならない。

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