2022/02/06 「手紙を出したくなる時」 コリントの信徒への手紙一1:1~3牧師 古屋 治雄

コリントの信徒への手紙一1:1~3
牧師 古屋 治雄

◇今日から新たにコリントの信徒への手紙一から神様の御言葉を聴く。この手紙はパウロがコリントの人々に書き送った実際の手紙であるが、書き写されて信仰の共通財産として流布し、新約聖書の一部、神様の言葉となった。

◇パウロが初めにコリントに行ったのは第二回の伝道旅行の時だった。コリントは大きな港湾都市で活気があり人口が70万人ほどあったが、いろいろな人々が出入りしていたので風紀も問題があった。パウロはこの地に伝道の必要性を強く感じ、1年半に亘って滞在し伝道した。その2年後、第三回の伝道旅行でエフェソ滞在中にこのコリント書を書いた。

◇冒頭の1-3節には発信人の自己紹介と挨拶を記しているが、ここにパウロの教会指導者、使徒としての基本的な姿勢と意気込みが見える。1節でパウロは自分のことを「神の御心によって召されてキリスト・イエスの使徒となったパウロ」と自己紹介している。パウロがコリントを去った後、アポロという指導者が来てかなりの影響を与え、基本的な福音理解についてパウロが心配していたことが起こった。「キリストの十字架」を伝えずして教会の指導者とは言えないというパウロの明確な姿勢がここに現れている。

◇2節には「コリントにある神の教会へ」と語られている。「教会」という言葉は「エクレシア」と言い、「呼び集められた者たち」あるいは「教会共同体」という意味だが、紀元50年代は一般の「集会」を意味した。パウロはこの言葉を教会の集まりを指す言葉とし、「神の教会」と呼ぶようにした。神様が呼び集めてくださって成立している「集まり」という意味である。「聖なる者とされた人々」とは、品性の高いと言う意味ではなく、この世の力の支配から神の恵みの支配に導かれ生かされる者へと変えられた人々である。

◇パウロは至る所で教会に福音が波及し、そこでキリストの名を呼び求める人々が生まれることを見た。パウロがコリントだけでなく全世界への福音の波及を目指したように、人々を巻き込む「阿佐ヶ谷にある神の教会」として今年も志を高く、顔を上げて歩みたい。