礼拝説教


2019/06/23

「恵みを待ち望みつつ」

ペトロの手紙—1:13〜21
—聖霊降臨節第3主日礼拝—
  伝道師 上田充香子

◇「あなたがたの信仰と希望とは神にかかっているのです。」わたしたちの信仰と希望の責任は神様が全てとってくださる。信仰と希望を与えてくださる神様とはどんなお方か。

◇神様は「公平に裁かれる方」である。どんな人であれ、神様の前には公平に裁かれる。また、「父」と呼びかけることを許してくださる方である。それは、神様がきずや汚れのない、小羊のようなイエス・キリストの尊い血を、私たちの代わりに流し、贖ってくださったからである。

◇私たちはこの神様を畏れて生活すべきである。「恐れる」ではなく、「畏れる」。神様に赦されて、救われた者が初めて神様を畏れることが出来る。なぜなら、人間は救われて初めて自分の罪を見ることが出来るからである。それは一度きりの出来事ではなく、赦される度に、救われる度に、新たにされていく。

◇新たにされた私たちが今、どのように生活すべきかを13節は語っている。まず、「心を引き締める」こと。心に帯を締め、いつでも動き出すことが出来るように準備をしておく。そして、「身を慎む」こと。しっかり目を覚まして、現実を見つめながら歩む必要がある。そして、「ひたすらに待ち望む」こと。イエス・キリストが再び来てくださるその恵みを、少しも疑うことなく待つのである。

◇「あなたは聖なる者となれ。わたしは聖なる者だからである。」この言葉はレビ記の言葉である。レビ記が語っていることは、わたしは主である、主を主とせよ。他のものと区別して、主をまことの主、聖なる主とせよ、ということである。それをペトロは自分の手紙に引用して、私たちにも、父なる神をまことの神とせよ、主に対して従順に生きよ、と語るのである。

◇だから私たちはここから始まる旅路を、神様をまことの主として、心の帯を締め、しっかりと現実を見つめて、イエス・キリストが再び来てくださるその恵みを、少しも疑うことなく待つのである。

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