礼拝説教


2019/02/17

「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に」

マルコによる福音書12:13〜17
  牧師 古屋 治雄

◇今年は日本の元号が変わるが、これは明治憲法によれば「天皇の時を支配する」という意味がある。新しい憲法により、日本社会は天皇を象徴として秩序づけた。日本社会の現代の変化の中で、信教の自由と、どの宗教の立場をも尊重するという原点を我々は自覚する必要がある。

◇「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に」とイエス様は語られた。この問題は、神以外を神としないという信仰を継承して来たイスラエルの民が、ローマの支配の中で暮らさなければならない状況で、整理、克服しなければならない問題であった。これはどの社会においても当てはまる。

◇きっかけは人々が指導者を巻き込みイエス様を陥れようとしたことであった。いろいろな奇跡などを通し人々はイエス様を尊敬していた。イエス様の荒々しい宮清めや指導者達に対する当てつけともとれる話などにより人々の心に変化が起こってきた。イエス様がローマ帝国の支配下にあるという現実をどう受けとめているかを人々は本当に知りたいと思ったが、不幸にもイエス様をやり込める形でイエス様に問われた。エルサレムは人々と神の関係では大事な所として秩序づけられていたが、イエス様はそれに挑戦されたのである。

◇そのような中にあって、イエス様のこの言葉は人々を大きく方向転換させた。イエス様は希望を教えてその働きを全うさせようとされた。

◇地上の権力に迎合することなく、全否定することもなく信仰生活を送ることは当時の民も旧約の民もしてきたことである。「神のものは神に返す」という言葉を通してどのような秩序がこの世に形成されるべきかをイエス様は私たちに教えている。

◇われわれは神を神とする信仰に立たされており、その途上にあるのであるが、進むべき方向ははっきりしている。主の祈りにある「御国を来たらせたまえ」と祈るとき、正しいか正しくないか見極める力をイエス様は我々に与えて下さった。イエス様が神の国に変えて下さることを信じる歴史の中を我々は生きる。

(C) Asagaya Church, United Church of Christ in Japan, asagaya-church.com