礼拝説教

2018/10/21

「らくだが針の穴を通る方が」 ー 全家族礼拝ー

マルコによる福音書10:17〜31
 牧師 古屋 治雄
 

◇イエス様は人を引きつける方です。ファリサイ派の人たち、子どもを連れた人たち、そして今日の聖書の「金持ちの人」も引き寄せられました。彼はひざまずきました。思い詰めた様子です。永遠の命については知らないようです。イエス様を善い先生、模範として倣いたいと思いました。イエス様は十戒の後半を言われたのですが、それを守っていることには自信があるようです。

◇イエス様は、持っているものを売り払い、従うように命じられました。この人だけに求められたことです。イエス様に従ったどの弟子にも、持っているものを売り払うように命じられてはいません。

◇イエス様には気づいて欲しいことがあったのです。そのことをすれば永遠の命が得られる、神の国には入れる。こうした考えはまちがっていることなのです。

◇律法ではありません。決められていないのに、決断して応答する。神様の決められたことを飛び越えて行うのです。実に、わくを飛び越えるのが神様なのです。神様はわたしたちを愛することを表されるのです。

◇ザアカイは、自分のしていること、同じユダヤ人からどのように見られているかを知っていて、いちじく桑の木に隠れました。この思いを超えてイエス様は語りかけられたのです。そして、ザアカイは決められたこと以上を約束しました。

◇天に富を積むことは難しいことです。らくだが針の穴を通ることより難しいです。それをできるのは神様です。

◇イエス様は旅の途中でした。エルサレムの十字架への旅です。何をしたら神の国に入れるか。これは行き詰まることです。神様はなんでもおできになります。神様に委ねなさい。わたしたちが発想できないことをイエス様はなさろうとされています。イエス様は道を切り開かれます。わたしたちはそれに感謝しましょう。
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