礼拝説教

2018/1/21

「星のように輝く」  ー降誕節第4主日礼拝ー

フィリピの信徒への手紙2:12〜18
  伝道師 江原有輝子 



◇本日の聖書個所直前のキリスト讃歌では謙遜で従順なキリストの生涯が描かれる。パウロは「十字架上の死に至るまで神に従順だったキリストにならって従順であれ、不平を漏らさず、恐れおののきつつ自分の救いを達成せよ」とフィリピの人々に訴える。神様を恐れ、神様にふさわしく遇することによって、神様に働いていただき自分の救いを作り出すのだ。私たちは神様に向かって心を開いて私たちの存在をお委ねし、私たちの中で神様に働いていただかねばならない。こうした生き方の結果、フィリピの信徒たちは清い者となり「よこしまな曲がった時代の中で」「星のように輝く」。

◇命の言葉とは人々を永遠の命に導く福音である。与えられたみ言葉は私たちの奥深くにありそれを奪い去る者はない。私たちが深く愛した人々や様々なものが永遠に失われることは大変な苦しみだ。だがたとえ私たちが地上の全てを失って丸裸になっても、私たちが絶望の淵にある時も、決して奪われることのないキリストの福音が私たちの中で星のように輝き、それが外に向かって私たちを輝かせる。

◇星は、昼間の太陽や都会の明かりでかすんでしまうが、暗くなると夜空に燦然と輝く。私たちの中の福音も、周りが真っ暗になる時、星のように輝き始める。

◇パウロは死刑を予感しつつ、自分が育てたフィリピ教会の人々がキリストに従う者とされ、命の言葉を自分の中に保って星のように光り輝くさまを遠くの獄中で思い浮かべて喜びに満たされ、フィリピの人々にも共に喜んでほしいと願う。この大きな喜びの前では自分の死など問題ではない。パウロは自分の死を予見して終わりの日を思い巡らし、自分を、その血が人々を清める犠牲の動物になぞらえる。自分が犠牲となって福音が宣べ伝えられるなら、死ぬことすら利益になる。何も恐れることはない。

◇私たちは主に従うことにより、死を目前にしても心から喜び得る。それは喩えようのない喜びだ。一人一人が主キリストが与えてくださった信仰を携え、命のみ言葉を保ちつつ、星のように光り輝きながら世へと旅立って行こう。
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