礼拝説教
2016/5/8

「生命の水」

ヨハネによる福音書7:32~39
牧師 大宮  溥



◇主イエスはユダヤにおいて最も盛大に祝われた「仮庵祭」に、神殿の聴衆に神 の道を説かれた。仮庵祭は、収穫感謝祭であると共に、イスラエル民族 の40年 の荒野の旅を導かれた神への感謝を年毎に覚えるものであった。あの荒野の旅で は、神は昼は雲の柱、夜は火の柱をもって神の民をも導かれ た。それに対して 今は、神(の子)ご自身が人を導いておられる。神との出会いの時である。しかし それは「今しばらく」である。人は神が現臨される 今、信仰の応答をしなけれ ばならない。

◇仮庵祭は1週間にわたって祝われるが、「祭が最も盛大に祝われる終わりの日」 には、神殿の祭司たちはシロアムの池に行き、器に水を汲んで来て、 婦人の庭 に立てられた2本の黄金の筒に、1本にはぶどう酒、他の1本には汲んできた水を 注ぎ入れ、雨乞いの式を行った。これは荒野の旅で、渇きに 苦しんだ民のため に、神がモーセに命じて石を打たせ、石から水が吹き出した故事を思い起こす祭 りでもあった。そこに立たれた主イエスは「渇いてい る人はだれでも、わたしのと ころに来て飲みなさい」と招かれた。この「生ける水」とは「聖霊」である。

◇「霊」は、原語では「息」や「風」と言う意味も持つ。風のように見えない力 である。これは元来「神の力」であるが、人間の中に吹き入って、「人 間の霊 力」としても働く。パウロは「生きているのは、もはやわたしではありません。キリ ストがわたしの内に生きておられるのです」と告白している (ガラテヤ書2:20)。

◇「命の水の川」は、終末の神の国の風景としても描かれている(黙示録22:1~5)。 「神の国」とは「神の支配」であって、聖霊が人々の内に流 れ入り、人々の心と心 を神の愛で結び合わせるときにできる「愛の共同体」である。キリストは十字架 と復活によって、神の国の基礎を据えられた。聖 霊降臨は神の国への旅の開始 であり、我々は聖霊に導かれて御国へ巡礼する。これは最初の聖霊降臨節以来、今 日まで続いている。
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