礼拝説教

2016/2/14ー創立記念礼拝ー

「神の国の祝福」

ヨハネによる福音書6:1〜15
牧師 大宮  溥


◇阿佐ヶ谷教会創立92周年記念日を迎えた。初代の平岩牧師は、日本メソジスト教会第2代監督 であったにもかかわらず、この教会を単立教会として伝道を始められた。それは教会を固める だけでなく、日本社会の全体に向かって福音を宣べ伝え、日本が霊的共同体として築かれること を望まれたからと思われる。今日社会の霊的枯渇が嘆かれている時、われわれはこの精神を受 け継いでゆきたい。

◇イエス・キリストは「神の国」の最前線基地として、山上で教えと癒しを与え ておられた。食事時になったが、五千人の人々に対して「5つのパンと2匹の 魚」しかない。 主は人々を青草の原に座らせ、持てる食を感謝して分かち与えられた。人々は食べて飽き、 残りを集めると12の籠に満ちた。主は良き羊飼いとして、羊の群れを養われたの である(詩編23)。12の籠はイスラエル12氏族、すなわ ち神の民、教会を示唆している。

◇ヨハネ福音書は、「命のパン」としてイエス・キリストを示している。旧約の神の 民イスラエルはエジプト脱出の時から約束の地に入るまでマナに よって養われ た(マナは地中海地方に自生しているぎょりゅうの実の成分が臙脂虫の体液に よって白いうろこ状の凝固物となるのを神からの贈り物として受け取り、養わ れたと説明する人もいる)。新約の神の民はキリストによって神の国の基礎を据 えられ、 終末の完成に向かって巡礼の旅を続けている が、この旅において糧として与えられているのは、 聖餐であり、聖餐を通して与えられる生けるイエス・キリ ストである。それゆえ「生きているのは、 もはやわたしではありません。キリスト がわたしの内に生きておられるのです。わたしが今、 肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるも のです」(ガラテヤ2:20)。キリストがわれわれを担ってこの世に押し出してくださ る。それ故見え る姿では我々がキリストを担ってこの世に乗り出し、この世を神 の国とする、宣教と奉仕と交わりへと進もう。
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