礼拝説教

2015/8/16 -聖霊降臨節第13主日礼拝- 

「天に座するもの笑い給わん」

詩編2:1~12、ルカ福音書6:20~21
協力牧師 中野  実

◇詩編2の語る、国々が騒ぎ立ち、人々がむなしい声を挙げ、支配者たちが戦うための準備を整えている現実。現代の世界、中でも日本の現在の状況がみごとに語られている、と感じざるをえない。そんな状況を神はどう御覧になっておられるのか。「天に座するもの、笑い給わん」。この神の笑いはどういう笑いか。人間の馬鹿げた騒ぎをせせら笑っておられるのか。 

◇本来、詩編2はダビデ王朝の正統性、永遠性を擁護するための詩編であった。実際、ダビデ王朝は400年間も続いた。しかしダビデ王朝も滅亡した。その時、詩編2は無用となり、忘れ去られても当然だった。しかし新しく解釈され、詠い継がれていく。ダビデ王朝の過去をなつかしむためではなく、希望を与える詩として。 

◇最初のキリスト者たちは、神が世界を根底から創造し直すためにお遣わしになるメシアこそナザレのイエスだと信じた。そこで注目したいのは、「今泣いている人々は、幸いである。あなたがたは笑うようになる」というイエスの御言葉である。イエスが来られたのは、泣いている者が笑うようになるためである。この光のもとに詩編2を見直すと、神の笑いは、泣いている者を笑う者へと創り変える神の創造の業である事が分かる。神は笑いをもって、ご自身にふさわしい天の高みからあえて離れ、自らを低くし、私たちの弱さの中へと降って来てくださった。天において笑い給う神は、天から地へと降られ人となられた神の子イエス・キリストの父なる神である。 

◇泣いていた私たちが笑う者とされた。そこには神の御心が隠されている。この世の泣く者と共に歩み、神の笑いに多くの人々を導き入れるためである。国々が騒ぎ立ち、空しい言葉がつぶやかれ、支配者たちが戦いの準備を整えているような状況があったとしても、イエス・キリストの父なる神の笑いがこの世界を支配している。この事実に慰められ、励まされて、これから始まる一週間の歩みへと大胆に歩み出したい。 


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