礼拝説教

2015/8/9 -平和聖日礼拝- 

「キリストは平和」

エフェソの信徒への手紙2:14~22
牧師 大宮  溥
  

◇日本基督教団常議員会はこのたび「戦後70年にあたって平和を求める祈り」を全国諸教会に送ってきた。阿佐ヶ谷教会の平和聖日礼拝にあたり、われわれはこの祈りに心から賛同する。近代日本の歴史を聖書の光に照らして概観すると、この歴史を動かしてきた大きな2つの要因に気付かされる。第一は近代日本が鎖国の扉を開き、世界に民族国家として進出したことであり国家の自立を確立した。イスラエルが世界の歴史に登場した出エジプトにも相当する。しかし第二に歴史の進展と共に日本民族絶対主義、外国侵略と併合の勢いが強くなり、敗戦によって国家の倒壊をもたらした。これは神の審判を受けたバビロン捕囚に相当する。このプラス要因とマイナス要因を正しく受けとめ、近隣諸国とも相互理解と協力によって、平和を築いてゆかなければならない。 

◇エフェソ書2章は新約聖書における「平和」思想の代表的な個所である。当時の東方世界における最大の対立はユダヤ人と異邦人の対立であった。しかし神の選民を自負するユダヤ人を含めて人類全体が神に背き、神と人との間に敵意という「隔ての壁」が立ちはだかっていた。イエス・キリストはこの神と敵対関係にある人間の世界に入って来られ、十字架と復活によって、神と人間との間に和解、平和を打ち立てられた。これによって旧約において対立していた「二つのもの」が「一つ」となったのである。 

◇この「神の家族」は現在は教会という形でしか表れていないが、教会は「実現しつつある神の国」であり、世界の中に見えない形で進展している。われわれはこれを知ることによって、国家や種族が自己絶対化して、対立し、戦争となるような傾向をおさえ、共に生きる道を築くことができる。現在の戦争や紛争には社会の中で排除されていると感じる人たちが、攻撃的集団に身を投じるところから起こっている。「共に生きる」愛の共同体を作ってゆくことが、平和への道である。 


(C) Asagaya Church, United Church of Christ in Japan, asagaya-church.com