礼拝説教

2015/8/2 -聖霊降臨節第11主日礼拝- 

「隣人と共に」

ルカによる福音書10:25~42
牧師 大宮  溥

  

◇主イエスはユダヤ教の教師から「永遠の命」を得るためには何をすべきかを問われた時、教師自身が弁えている一般の理解を取り上げ、それを「実行せよ」と促された。ここで挙げられている最大の律法は申命記6:5とレビ記19:18である。この二つは、人生の座標軸を構成する縦軸(神と人との関係)と横軸(人と人との関係)である。 

◇この最大の掟は共観福音書全部に記されているが、ルカは具体的な範例を載せている。隣人愛については、隣人とは誰かについて、ユダヤ人は同じ民族に属する者と考えたのに対し、主イエスはその枠の外にいたサマリア人を取り上げた。そして隣人は血のつながりや地縁で決まるものではなく、われわれが出会うすべての人に関係するのであり、主体的に「隣人になる」ことが求められているのである。 

◇「善いサマリア人」の譬えに続いて、「マルタとマリア」の物語が出てくる。この二つが人生の座標軸の横軸と縦軸を示している。主イエスとその弟子たちがマルタとマリアの家に来た時、マルタは「もてなし」(ディアコニア=食事の給仕から奉仕全般を指す)に専念した。ところが、主イエスが教え始めると、マリアは専らそれに聞き入って、神の恵みに満たされていた。マルタの抗議に対して主イエスは、奉仕への力は神の恵みを受けてこそ可能になるので、今マリアにはそれが「必要な唯一のもの」であると教えられた。現代人が特に必要としているものも、この神との生きた関係の回復である。 

◇人生の座標軸について考える時、現実の人間にはこの座標軸が根底から折れていることに気付かされる。神との関係が切れて、神から逃亡し、神の裁きの下にある。人間関係もエゴイズムに走り、共生の歩みが中断する。この中でイエス・キリストが十字架と復活によって神との和解をなしとげ、敵をも愛する愛を注いで、あの基本軸を立て直して下さったのである。十字架は人生の座標軸を表している。 


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