礼拝説教


2014/11/23 降誕前第5主日礼拝〈謝恩日>

「わたしは何者か」

出エジプト記3:1~15
主任牧師 大村  栄

 
◇モーセの召命の記事。ある日彼は柴の間から、神の呼びかけを聞いた。苦しむ同胞イスラエル人をエジプトから連れ出せと命じられる。その際に神の言葉、「5:ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから」。

◇この言葉を根拠に日下部教会では、新会堂はスリッパにしようとの声があったが、本来そこはモーセが羊を飼う日常の場だった。

◇ミディアンの聖所で神の召命を受けたモーセは神に問い返す。「11:わたしは何者でしょう。どうして…イスラエルの人々をエジプトから導き出さねばならないのですか」。そうためらうモーセに神は、「12:わたしは必ずあなたと共にいる。このことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである」と言われる。

◇「わたしは何者か」と問う私たちに、あなたには「神が共にいる」、あなたは神のものだと言われる。そのために神が差し出された「代償」(イザヤ43:3)がイエス・キリストである。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」(ヨハネ3:16)。その神の愛に触れる場が私たちの聖所だ。

◇ヒットラーへの抵抗運動によって捕らえられ、処刑されたD・ボンヘッファーが獄中で書いた詩の最後。「私は何者か? ただひとりでこう問う時、その問いは私を嘲る。私が何者であれ、ああ神よ、あなたは私を知り給う。私はあなたのものだ」。

◇私は何者か?それは分からなくても、神が私を知り給う。わたしは私自身である以上に神のものだ。その確信を深める場所が私たちの聖所であり、聖所を満たす礼拝である。

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