礼拝説教


2014/9/7 振起日礼拝

「捨てた石が親石に」

マルコによる福音書12:1~1
主任牧師 大村  栄

 
◇自分のぶどう園が農夫の反乱によって奪われそうになり、送った使者も拒絶された主人は、最後に自分の独り子を送り、これも殺された。このたとえが語られた相手は、「権威についての問答」(11:27以下)の相手である「祭司長、律法学者、長老たち」だった。彼らは神に反乱した訳ではないが、自分たちの権威を守るために、権力でイエスを排除しようとした。その時に彼らは神をないがしろにしたのである。

◇権威と権力は違う。「権威も権力も、言うことをきき、きかせる原理に関係している。権威は、ぼくたちに自発的に言うことをきかせる。しかし、権力は、無理に言うことをきかせる」(なだいなだ著『権威と権力』岩波新書)。

◇学校の教師が生徒からの質問に、「馬鹿な質問をするな」と怒鳴りつければ生徒たちはシーンと静まる。彼は教師の権力によって自分の権威を守ったと感じるかも知れないが、実はその時に彼の権威は失墜している。考えさせてくれと言い、ちゃんと調べて翌週に答えれば、先生の権威は高まるだろう。権力を行使したことで権威は失墜する。権力はそれを捨てた時に、むしろ権威が高まる、そういう事態が起こる。

◇ぶどう園の主人は権力を行使して反乱を鎮圧したりはしない。「10:家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった」。「捨てた石」とは権力の放棄を意味し、「隅の親石」とは権威が高まることを表す。神は権力を捨て、独り子イエスの命を十字架に捨てて、それによって神の本当の権威を示されたのだ。

◇そして私たちに、権力を捨てることが、本当の権威ある行動なのだと教えた。おごり高ぶりを捨て、本当の権威の前での従順と謙遜を学ばせ、それによって私たちを救おうとされる。

◇詩編118:22-23、「22:家を建てる者の退けた石が/隅の親石となった。23:これは主の御業/わたしたちの目には驚くべきこと。24:今日こそ主の御業の日。今日を喜び祝い、喜び躍ろう」。日曜日ごとにこの真理に立ち帰ろう。
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