礼拝説教


2014/5/11  復活節第4主日

「愛には恐れがない」

ヨハネの手紙一 4:13~21
主任牧師 大村  栄

 
◇「13:神はわたしたちに、御自分の霊を分け与えてくださいました。このことから、わたしたちが神の内にとどまり、神もわたしたちの内にとどまってくださることが分かります」。16節までに「内にとどまる」(ギリシャ語でメノー)が5回繰り返される。

◇私たちの内にとどまる神とは聖霊(「13:御自分の霊」)のことだ。聖霊は私たちの内に働いて私たちを生かし用いる「内なる神 God in us」だ。「あなたがたの内に働いて、御心のままに望ませ、行わせておられるのは神である」(フィリピ2:13)。神の偉大な力を内に納める「土の器」(Ⅱコリント4:7)である私たち。そういう神に与えられたお互いの可能性を尊重をし合うことが、愛の実践である。

◇そのような尊い器になれる身であることを忘れ、自らを軽んじている人には、そのことに気付かせるのが愛の業ではないか。相手を傷つけまい、嫌われまいとばかり考えるのは本当の愛ではない。それは「自己愛」でしかない。自己愛は停止しているが、真の愛は分かち合われるもの。その愛の活動の出発点は「19:わたしたちが愛するのは、神がまずわたしたちを愛してくださったからです」。

◇「20:「神を愛している」と言いながら兄弟を憎む者がいれば、それは偽り者です。目に見える兄弟を愛さない者は、目に見えない神を愛することができません」。目に見える兄弟を愛せないが、目に見えない神を愛すると言う人は、それは神を愛しているのではなくて、自分を愛しているのだ。

◇マタイ25:40「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」。主イエスは「小さい者」を「わたしの兄弟」と呼び、それが尊ばれることを喜ばれる。私たちは身近なところにいる小さな隣人たちとの出会いを通して、キリストと出会い、神と出会うのだ。

◇「18:愛には恐れがない。完全な愛は恐れを締め出します」。神が(の)内にとどまる時、We in God, God in us の時に恐れは消える。「21:神を愛する人は、兄弟をも愛すべきです。これが、神から受けた掟です」。この愛の掟を勇気を持って守り続けるのが教会であり、「キリスト者のつとめ」である。 ものを見る霊的視力は、主の日ごとの礼拝において、また信仰生活の祈りにおいて、私たちに回復されるのである。「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」(サン・テグジュペリ著『星の王子さま』より)。の国への巡礼の旅が世界の歴史である。教会は灯台であって、その間をキリストが歩まれ(2:1)、その光に照らされて世界が巡礼の旅を進めるのである。教会はその先頭に立って、宣教と奉仕の歩みを進めるのである。



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