礼拝説教


2014/4/20  復活祭礼拝

「よみがえりを信ず」

マルコ福音書16:1~8
主任牧師 大村  栄

 
◇主イエスの十字架は弟子たちにとっては失望と挫折の出来事であった。この方に人生を捧げようと決意して付いてきたが、エルサレムに到着して以来、先生は急速に民衆の支持を失い、ついに捕らえられ、犯罪人同様に十字架で処刑された。なぜこんな無茶苦茶なことが起こらねばならなかったのか。そういう不条理に悩む弟子たちだった。

◇3年前の東日本大震災以来、私たちは繰り返し「なぜこんな不条理なことが起こるのか」との問いを発してきた。先週は韓国で修学旅行中の高校生が大勢乗った旅客船が沈没した。事故の原因はいずれ解明されるだろうが、なぜうちの子が死ななければならなかったかという疑問は解消されない。そういう問いに神は答えて下さらないのか。

◇女たちは今朝、傷だらけになった主イエスの遺体に、せめて油を塗っていたわって差し上げようと思ってきたら、御使いに「6:あの方は復活なさって、ここにはおられない」と言われた。これが不条理に悩む者たちへの答えだ。

◇さらに御使いは告げる「7:あの方は、あなた方より先にガリラヤへ行かれる。かねて言われていたとおり、そこでお目にかかれる」。不条理の中で非業の死を遂げた主は復活し、その不条理が神の愛によって克服されたことを弟子たちに告げるために、ガリラヤで再会しようと言うのだ。

◇マタイ福音書によれば、彼らは指示に従ってガリラヤへ行き、復活の主イエスからの派遣命令を受ける。その最後に「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(マタイ28:20)。不条理の克服は、解説や説得によってではなく、ただ究極の不条理である十字架の死から復活した主が共にいて下さることによって実現する。

◇私たちのガリラヤはどこか。私たちが主イエスと出会い、主イエスと共に生きる人生へと召し出された場所。それは教会に他ならない。今日3名の方々が新たに教会に生きる生涯に踏み出した。不条理に悩む時も、失望の時も、復活を記念する日曜日毎にここで復活の主と出会い、新たな命の目標に向かって送り出されていきたい。

(C) Asagaya Church, United Church of Christ in Japan, asagaya-church.com