礼拝説教


2014/3/16 受難節第2主日礼拝

「赦される罪と赦されない罪」

マルコ福音書3:20~30
主任牧師 大村 栄

 
◇キリストのいやしを見て「あの男は…悪霊の頭の力で悪霊を追い出している」と批判する者たちがいた。悪霊は人間に本来の被造物の姿を見失わせる。主は「聖霊」の力によって悪霊と戦った。だから主は「29:聖霊を冒涜する者は永遠に赦されず、永遠に罪の責めを負う」と言われた。

◇主は帰天の際に、その聖霊を弟子たちに託された(ヨハネ20:22)。それを継承する教会は聖霊によって悪霊と戦い、世界を本来の姿に戻すことが出来る。それが出来ないと考えるのは聖霊を否定することであり、復活の主からの委託を拒み、ひいてはキリストの復活を否定することになる。

◇招詞で読んだⅠペトロ1:3「神は豊かな憐れみにより、わたしたちを新たに生まれさせ、死者の中からのイエス・キリストの復活によって、生き生きとした希望を与えてくださったのです」。キリストの復活は「生き生きとした希望」、再生と復興の可能性を世界に与える出来事だった。

◇歴史の中心に打ち立てられた十字架と復活による永遠。それによって歴史と人生は、過ちや失敗があってもやり直せる、「赦される」ものとなった。「28:人の子らが犯す罪やどんな冒涜の言葉もすべて赦される」。聖霊を冒涜し、復活を否定するなら、歴史はただの出来事の積み重ねで、過去の過ちはいつまでも残り、未来の希望はない。

◇私たちはみ子の復活によって実現した、「人の子らが犯す罪」は「すべて赦される」、そう告げる福音のメッセージに救いを見出すのだ。過去が赦されることによって現在を正しく受けとめ、未来の希望を望むことが可能とされたのだから。

◇「赦される罪と赦されない罪」とタイトルを付けたが、「赦されない罪」とは、「罪は赦されない」と断定すること、「何をしても無駄だ」と諦めること、それが「赦されない罪」だ。「原子力安全神話」に溺れてきた社会、様々な過ちを犯してきた個々人だが、この罪を過去に葬って忘れようとしたり、未来に押しつけ、先のばししたりするのでなく、キリストの復活によって、これが赦されるものとなったことを信じ、希望を得たい。

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