礼拝説教


2013/8/4 平和聖日礼拝

「平和があるように」

マタイ9:35~10:15

 

主任牧師 大村 栄


◇主イエスは、「36:群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた」。そしてその人々の救いのために、弟子たちを派遣しようとされる。その前に、「1:イエスは十二人の弟子を呼び寄せ」た。派遣に先立つ招集。私たちはいつも日曜日ごとに礼拝に招集され、ここから各自の働きの場へと派遣される。

◇派遣に際して、「5:異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入ってはならない。6:むしろ、イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい」。差別的に感じるが、真実の愛は、誰をも平等に愛することではなく、愛する相手を選ぶものだ。主イエスの選ばれた愛の対象が、神の民イスラエルである。

◇神に選ばれながら神を忘れて、「36:飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれている」イスラエルを、もう一度神の愛によって立ち直らせることが主イエスの使命であり、それを使徒たちに託そうとしている。

◇「7:行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい」。これは主イエスご自身の伝道の第一声と同じ(4:17)だが、主は同時に「悔い改めよ」とも言われた。「悔い改め」(メタノイア)は人生の「方向転換」を意味する。本来の飼い主を求める信仰に立ち帰れと勧めるのである。

◇派遣された者たちが語るべき言葉は、「12:平和があるように」。「平和」シャローム、その本質は神の愛の中に生きることだ。本来そのような平和の中に生きる者とされたのに、「36:飼い主」を見失って「弱り果て」ているだけでなく、不安から相手を恐れ、牙を剥いて威嚇し、けんか腰になっている。そんな人々を「深く憐れまれた」主イエスは、教会を立てて、そこに「37:働き手」を招集し、ここから人々を神の愛を宣べ伝えるべく各地へ派遣される。

◇神の愛の中に生きる「平和」を宣べ伝え、そこへの「悔い改め」を語り続ける教会であり、そのために派遣される私たちでありたい。

(C) Asagaya Church, United Church of Christ in Japan, asagaya-church.com