礼拝説教


2009/4/19 復活節第1主日

       「新しい創造」

牧師 大村 栄

イザヤ書65:17−25


◇イザヤ書は1-39章の第一イザヤ、40-55章の第二イザヤ、56-66章の第三イザヤに分けられる。前6世紀後半バビロン捕囚末期に活動した第二イザヤは、祖国への帰還をイスラエルの信仰の原点である「出エジプト」になぞらえ、今こそ主に帰れ、信仰に帰れと語った。しかし帰還後に人々は補囚の痛みを忘れ、生活の立て直しに躍起で、信仰共同体を再建することは二の次にした。悔い改めを忘れ、同じ過ちを繰り返そうとしている。

◇そのとき第三イザヤが語ったのは、「17:見よ、わたしは新しい天と新しい地を創造する。初めからのことを思い起こす者はない。それはだれの心にも上ることはない」。「新しい出エジプト」では救われないイスラエルを見て、神はもっと究極の原点である「新しい天地創造」に立ち返ると言われるのだ。闇が全地を覆っていた時に、ただ神の言葉「光あれ」によって光が与えられたように、絶望のただ中にも、ただ神の意志によって希望の光が与えられる。第二イザヤは「主に立ち帰るならば、主は憐れんでくださる」(55:6)と条件を言ったが、第三イザヤはそれさえ必要ない神の慈しみを語る。「24:彼らが呼びかけるより先に、わたしは答え、まだ語りかけている間に、聞き届ける」。

◇「25:狼と小羊は共に草をはみ、獅子は牛のようにわらを食べ」。弱肉強食の世界が変革され、平和な世界が実現すると言われる。ただし蛇だけは「塵を食べ物とし」という状態にとどまる。蛇は「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は(本当に)言われたのか」(創世記3:1)と、人に神の言葉を疑わせた罪によって、「生涯這いまわり、塵を食らう」(3:14)という罰を与えられた。

◇弱き人間が自らを律することができない時に、神が慈しみをもって臨み、「17:初めからのことを思い起こす」こともなく、全く無からの創造として「新しい天と新しい地」を再創造して下さる。その愛を信じて受け入れることが私達のすべきことだ。神の言葉を実証した最大のしるしとして、御子イエス・キリストの復活が与えられている。ここに私たちの現在と未来を支える希望がある。

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