礼拝説教


2009/1/4 降誕節第2主日<新年礼拝>

       「呼ばれています、いつも」

牧師 大村 栄

マタイ福音書2:13−23


◇聖家族はエジプトにしばらく身を潜め、ヘロデの死後ユダヤに帰った。「15:『わたしは、エジプトからわたしの子を呼び出した』と、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった」。これはホセア書11:1、「まだ幼かったイスラエルをわたしは愛した。エジプトから彼を呼び出し、わが子とした」の実現である。預言者ホセアは自分を捨てて愛人に走り、捨てられて奴隷に売られた妻ゴメルを、神の命令によって買い戻すという苦い経験を通して、神の痛みの愛を知らされた。上記の聖句は、神が罪のイスラエルを我が子として受け入れ、愛することを決意をしたことを語っている。

◇しかし続く11:2、「わたしが彼らを呼び出したのに、彼らはわたしから去って行き、バアルに犠牲をささげ、偶像に香をたいた」と、出エジプト後の民の不信仰を語る。神の愛と憐れみによる出エジプトは、その愛に応えなかった民の不信仰によって空しいものとされた。神の愛は空しく裏切られた。

◇この度エジプトでの避難生活を終えて呼び出された真の神の子イエス・キリストによる第二の出エジプトは、第一の出エジプトを克服し、そして完成に導くものだったのである。

◇ 私たちもそれぞれ罪の奴隷であった者が、奴隷の家エジプトから呼び出され、「わが子」として頂いた。にも関わらず、ホセアの妻ゴメルのように自分の願望やこの世の価値観に身をゆだね、神から遠ざかっている。しかし神はこの私たちの出エジプトを完成させるために、イエス・キリストにおいて、第二の出エジプトを決行してくださったのである。

◇この大いなる出来事の実現のために用いられたのがヨセフだ。彼は不安を抱えながらも自分を捨ててキリストを受け入れ、それによってキリストが生きると同時に自らも生かされた。一方ヘロデは不安を克服するために、「16:ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた」。先週からパレスチナ自治区のガザで起こっている悲劇を思う。聖書の時代も現代も相変わらず、人間の罪による拒絶と対立と殺戮が繰り返されている。

◇ホセア書11:8「ああ、エフライムよ、お前を見捨てることができようか。イスラエルよ、お前を引き渡すことができようか」、と言って下さる神の憐れみにすがるのみである。

(C) Asagaya Church, United Church of Christ in Japan, asagaya-church.com