礼拝説教


2007/7/22  礼拝説教

「癒された女性たち」          伝道師 堀江 綾子

ルカ福音書8:1−3

 


◇「小さな籠に花を入れ…愛の業は小さくても神のみ手が働いて…」(讃美歌2編26番)。教会は人知れず捧げられている小さな見えざる愛の業によって支えられている。もちろん主イエスこそが教会を支える愛の業の創始者である。そして主イエスが始められたその尊い愛の業、それは「ゆるし」である。

◇今日登場するのは、悪名高きマグダラのマリア、ヘロデの家令クザの妻ヨハナ、そしてスザンナとその他大勢の女性たち。マリアとヨハナは主イエスの十字架と復活を目撃し証言者となるほどに主を深く愛し決して側を離れなかった。しかし多くの女性たちと同様、主イエスに癒されゆるされたからこそ自由に主イエスに従った。そして旅を続ける伝道者のために食事を作り、衣服を洗い、すべてを捧げた。

◇教会も、様々な時代を旅しながら様々な状況においてみ言葉を告げ知らせてきた。そしてみ言葉を語り続ける教会であるために多くの人々の奉仕が捧げられてきた。教会を建てあげるために不可欠な極々小さな愛の業、日常的に繰り返し繰り返し行なわれる地道な作業。それらの原動力は「癒しとゆるし」。

◇振り返って、今もし教会に連なる私たちが小さな愛の業に心を注げないならば、主のもとに立ち返ろう。癒されていない心、赦されるべきこと、主に明け渡さずその手に握り締めている事柄を大胆に主イエスの前に差し出そう。ゆるしていただけるのだから。そしてそのゆるしによって愛の業に遣わされてゆくことが私たちに与えられた使命なのだから。

◇今日の短いこの箇所は、主イエスの伝道の新たな段階に入っていくための導入部分でもある。主イエスは「神の国」を宣べ伝え、その福音を告げ知らせるために、旅を進められる。「神の国」とは何か。後に続く種まきのたとえやともし火のたとえの指し示す神の国、それは愛の実を結ぶところ。み言葉が蒔かれ豊かに宿り、信仰の火が灯されていく所。「神の国はあなた方の只中にある」とのみ言葉のように私たちのうちにみ言葉が豊かに宿り、主イエスの愛の業が私たちのうちから豊かにあふれ出る時に、神の国が実現する。この偉大なる奇跡を見せていただくために、常に主に捉えられ、繰り返し繰り返し罪から放たれ、主の愛を伝え神の国を告げ知らせよう。それが私たちに与えられた喜ばしい使命なのだから。
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