◇私たちが新年度の準備に入っている中、イエス様が十字架の歩みを進めていることを忘れてはならない。私たちは神様との生きた交わりの中で、御心を尋ねつつ日々歩まなければならない。それはイエス様の御名を通して祈ること、そして聖書に聞くことである。私たちは悩みや迷いを神様に祈り、聖書を通して御声を聴く。神様は私たちに呼びかけておられ、私たちは神の子として生きる喜びと、進むべき目標を与えられる。
◇ヨハネ福音書21:25は「イエスのなさったこと(略)もしそれらを一つ一つ書き記すならば、世界もその書かれた書物を収めきれないであろう」という。正典としての聖書は閉じられているが、聖書を通して神様の働きは絶えることがない。今日の箇所は復活の出来事だけに限られない。復活の主と出会った弟子たちは新たな人として立てられたのである。
◇イエス様は復活した夜に弟子たちに現れ、その後トマスに現れ、3度目はガリラヤ湖で弟子たちに現れた。その日ペトロは「私は漁に出る」と言い、他の弟子たちも「私たちも一緒に行こう」と舟に乗った。魚は獲れなかった。岸の近くまで帰ると人が立っていて「舟の右側に網を打ちなさい」と言った。従うと153匹もの魚が獲れ、弟子たちはイエス様だと気がついた。この数字を全ての魚の種類ととらえて全ての人を導く教会のわざを示すとも言われる。
◇岸のイエス様は食卓を整えていて、魚のほかにパンもあった。復活のイエス様が弟子たちに食卓を整えたことは、私たちが聖餐に与ることに結びついている。弟子たちは人々のために新しい働きに出るよう促された。
◇新しい年度の準備の中、教会の務めを重荷に感じてしまうこともある。そのような時は弟子たちがイエス様の食卓に招かれ、神様の祝福を受け、新しい働きに送り出されたことを覚えたい。食卓の中心にはイエス様がおられる。私たちはイエス様に新しい者とされ、新しい役割を与えられて歩むのである。



