◇2025年のクリスマスが訪れた。これは単なる年中行事ではなく、神がこの世界に介入してくださった喜びの出来事である。この恵みは教会の内外を分けるものではなく、この世界のすべての人々の上に注がれているものである。
◇教会の入り口に聖家族の小屋が造られているが、それを楽しそうに覗き込む通りがかりの親子も、小屋の中のマリアやヨセフ、博士たちや羊飼いと共に一つとなってイエスさまを見ているように見えた。先週のCSのクリスマスページェントに一緒に参加した私たちも同じ経験することができた。この光景には、この世の力が介入する余地はなく、ただお生まれになったばかりのイエスさまを受け入れる喜びが湧き上がる、不思議な世界が生まれている。
◇クリスマスの中心に招かれたのは権力者ではなく、ガリラヤのナザレの無名のマリアと婚約中のヨセフである。受胎告知は祝福であると同時に、婚約破棄や非難を招き得る危険を伴った。しかしマリアは「この卑しい仕え女に目を留めた」主を賛美し、神さまが低い者を高く上げ、富める者を空腹のまま去らせる方だと歌う。単なる勢力交代ではなく、力の争いを終わらせ、神さまの恵みが支配するところへと私たちを移し替え、そこに生きる者としてくださるのである。パウロは「低き者」とは身分的な意味でなく「気落ちした者」と言い(Ⅱコリ7:6)、神はそのような者を慰めてくださると証しする。
◇神さまは、ダビデよりもアブラハムへの約束を覚え、代々に憐れみを注がれる。救い主である新しい王の姿は、力を誇って支配するのではなく、十字架にかけられて役割を全うする方として現れる。政治・経済・軍事を力によって競い治めようとする現代にあって、この福音は、見過ごされる人々の中に神が働かれることを示す。私たちはその支配の中に結ばれて生かされ、弱い者に寄り添い、分かち合いによって主の憐れみを証しするよう招かれている。2025年のクリスマスも、神さまは低い者を高く上げる力を私たちに明らかにし、その光の中で生きる者へと呼びかけておられる。
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